今週のお題「怖い話」
ネタもないので、これを使わせてもらいます。
般若心経について。
まだ、五井先生もよく(というか、ほとんど)わからず、仏教やお経にも、まったく興味がなかった頃のこと。
母が瀬戸内寂聴さんの法話に興味を持ち、その CD を私が購入した時のことだった。
もう、だいぶ(多分 10 年以上)前なので、何の法話か忘れてしまったが、瀬戸内さんが音頭をとって、法話の締め括りに般若心経を唱える回があった。
それに付属した本を、たまたま一人で読んでいた時のこと。
何の気なしに、本をみながら般若心経を声に出して読み始めて、5 分の 1 くらいだろうか、読み(唱え)進めた時だ。
いきなり、真上(天井方面)から、ドーンと肩から背中にかけて、何かが乗っかってきた。
慌てましたよ。
急いで背中を払い除けたり、バタバタとして背中を見ても何も見えない。
とにかく、必死でそうしているうちにすぐに重みは消え去ったからよかったが。
あれは間違いなく錯覚や幻覚なんかじゃない。
目には見えないが、明らかに何かが乗っかってきたのだ。
怖いというか、本当に気味が悪かった。
後に見たのだが、美輪明宏さんの本には、彼が法華経を唱えると、お経の功徳で救って欲しい霊が、彼の下に寄ってくる話が書いてあった。
私は霊性が低く穢れているので、美輪さんのような清らかな人とは、まったく比べることすらできないし、縁もないのだが、お経には、唱える人の霊性の有無や高低にかかわらず、よきにつけあしきにつけ、霊に働きかける何らかの作用があるのではないか、と思わされた。
丹波哲郎さんの本には、確か般若心経が悪霊払いや、そういった霊の改心に使う話がでていたので、多分、般若心経にも、何か霊(この世の肉体を持たない想いを持った存在)に作用するそれなりの力があるのだろう。
仮に、私の上記の体験が霊のイタズラだったとしても、そのきっかけ、トリガーとなって引き金を引いたのは、般若心経以外に考えられないからだ。
私にはほとんど霊感がなく、あんな奇っ怪な経験をしたのは、あの時、ただ一度だけだからだ(実はもう一つあるが、これほど怖くはなかった)。
後に、般若心経や観音経などをいくつも覚え、唱えるようにはなった(気が向いた時だけ)が、こうした経験はほとんどない。
丁重に扱うのも大変だが、お経にはこうした可能性があることを知っておいても損はない、と思う。
特に、唯物論者は、お経をぞんざいに扱う可能性がありうるからだ。
あまりに杓子定規に取り扱うのも大変なので、そこそこでいいとは思うのだが、少なくともお経には、神仏や肉体を持たない霊的な存在との関係に、何らかの影響力や作用を持つものであり、おそらく功徳があるのだろうから、それなりに敬意を払う心構えが必要なのだと考えられる。
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以上、お経にはそれなりの敬意を払い、慎重に大切に扱って下さい、というお願いでした。
願いを込める(願を掛ける)という形で使われることもあるという意味だけではなくて、そもそも、乱暴に、そして雑に扱わないこと、これに留意していただきたいのです。
特に、唯物論者の方達には。
とにかく、何らかの神仏の光、すなわち、力を宿している可能性があるので、神仏を信じていない人でも、取り扱いは慎重にするに越したことはないという内容です。
***** お詫びです *****
すみません。
はてなスターの意味がまったくわからず、読んでいるうちに誤って、自分でスターをつけるミスをしてしまいました。
削除も試みたのですが、追加ばかりが出てきてうまく消すことができません。
せっかくスターをつけて下さった方にはお見苦しくて、大変申し訳ありません。お許し下さい。
本当に失礼致しました。
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①追記: 2024/04/07 08:20
②追記: 2024/04/07 11:00
〜訂正内容〜
上記複数回にわたり、本文を加筆・訂正しました。