おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

128_世界平和の祈り

世界平和の祈りについて、です。

以前、いくつかの項で引用はして書いてはあるのですが、今見ると見づらく散らばっていて、だいぶ過去のものとなるので、ここで一つの独立した項として書いておいた方が、お調べ頂く場合には検索しやすいと判断致しました。

という訳で、ここに昭和の宗教家、五井昌久さんの提唱された、世界平和の祈りの教義、そして、内容、祈りの方法などを書いておきたいと思います。

なお、私独自の判断で読みにくいと思われるものに、カッコ書きで振り仮名を記してあります。

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教義 ~人間と真実の生き方~

 人間は本来、神の分霊(わけみたま)であって、業生(ごうしょう)ではなく、つねに守護霊、守護神(しゅごじん)によって守られているものである。

 この世の中のすべての苦悩は、人間の過去世(かこせ)から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

 いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦(ゆる)し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真(まこと)と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得出来るものである。

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~世界平和の祈り~

世界人類が平和でありますように

日本(にっぽん)が平和でありますように

私達(わたくしたち)の天命が完(まっと)うされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様(しゅごじん)ありがとうございます

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この祈りは、仕事や家事の合間でも、生活必須時間以外はいつどんな時にしてもよく、この祈り言以外は、特に形式ばったところはありません。

無論、声に出さなくても、心の中で唱えても良いそうです。

あと、考えられることは。

本来は、世界平和の祈りは、日々、瞬々刻々するのが望ましいものだそうです。

しかし、現在の世の中の大多数、大半の方々の霊性を考えると、とてもこれは望めません。

残念ですけれど。

なので、せめて、最低でも、1日1回はして頂きたいんですね。

また、皆さんが先祖代々から引き継いでこられた宗教があれば、その祈り言のあとに、付け加える形で祈って頂ければ、支障は出ないそうです。

そして、空いた時間、わずかな隙間(すきま)時間でもいいですから、お気が向かれたら、是非、祈って頂きたいんです。

例えば、電車やバスやタクシーなどでの移動中で、本も読まない、スマートフォンも見ないならば、座っている時には、目を閉じて、世界平和の祈りをする。

お散歩しながらでも、お出かけの時でも、お気が向かれて、安全が確保できる状況ならば、是非、お願いしたいと思っております。

また、前の 127_二重盲検 で書いたように、お客さんに不快感を抱かせるような態度をとる店員さんに遭遇(そうぐう)した場合ならば、世界平和の祈りとともに、この店員さんの天命がまっとうされますように、と祈ります(仮に過去世の因縁の発現だとしても、ああ、自分の過去世でつけた魂の汚れを落として頂いたんだと素直に感謝ができず、ムカッとする業想念や人間としての失望感に負けて、なかなかに難しいんですけどね)。

体がつらそうなご高齢の方を見かけたら、その安全を願いつつ、世界平和の祈りとともにあの方の天命がまっとうされますように、と祈ります。

瞬時のお時間しかない場合には、あの方の天命がまっとうされますように、となります。

あとは、適宜(てきぎ)、皆様が応用してお考えになって、祈って頂ければ、これに勝る喜びはありません。

このようして頂きたければ、ありがたいと思っております。


追記

仏教について、また、だいぶほったらかしにしてしまいました。

すみません。

いまだ迷っている最中ですが、書き始めたら罪滅ぼし?に、中村さんが随所でお使いになる高尚で難解な語句の意味を、漢字辞典で調べて書かせて頂こうと思っております。

なお、この記事は、お陰様をもちまして、私にとってもブログ投稿日数約100日目にあたり、一つの区切りとなります。

内容と文章表現が拙(つたな)いながらも、慈悲深い方々にお読み頂けたものがあることは、本当に心より深く感謝しております。

ありがとうございます。

皆様のご健康を心より願っております。