おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

252_原仏15ー6

251_原仏15ー5 の続きです。

Ⅱ 人生の指針 第一部 人生の指針
第四章 人間関係 ー シンガーラへの教え で、前回までで、一 個別的な人間関係 を終えたので、今回は、二 まもるべき教え からになります。

なお、便宜上、本でなされている内容及び解説を、(A)と記します。また、私の文を(B)と記します。あらかじめ、ご了承頂きますよう、お願い申し上げます。
また、ここでも、中村さんのつけた小見出しに従って、見ていく形にしたいと思います。

二 まもるべき教え

ー 十四の罪悪からの離脱 ー

前回(251_原仏15ー5)で、、14の罪悪とされるもののうち、以下の①と②までを見たので、今回は③からになります。
14の罪悪
①4つの汚れた行為
②その汚れた行為の原因になる4つの要因
③散財の6つの要因

ー 財を散ずる六つの門戸 ー

(A)(一部、改変・省略・訂正あり。以下、すべて同様)次に、財を散ずる六つの門戸について述べています。

(B)なし。

続きです。

「人の近づいてはならぬところの、財を散ずる六つの門戸とは何であるか?
(一)酒類など怠惰の原因に熱中することは、実に、資産者の子よ、財を散ずる門戸である。
(二)時ならぬのに街路を遊歩することに熱中するのは、財を散ずる門戸である。
(三)(祭礼舞踊など)見せものの集会に熱中するのは、財を散ずる門戸である。
(四)賭博という遊惰の原因に熱中することは、財を散ずる門戸である。
(五)悪友に熱中することは、財を散ずる門戸である。
(六)怠惰にふけることは、財を散ずる門戸である。

(A)(一)は、飲酒に耽って飲んだくれになることです。すると人は、他の大切なことに構わず、どんどん消費してしまうことになります。
(二)は、夜遅く人が眠っている時に、街路を歩き回ることをいっています。
(三)については、あまりに楽しい催しがあるからといって、そればかり見ていると、仕事もできなくなります。
(四)は、インド人は昔から博打をやっていました。インド文明をたどると、紀元前四千年頃にインダス文明が栄えました。その当時のモヘンジョダロとかハラッパーというような大都市が発掘され、色々なものが出土していますが、その中にサイコロがありました。それは日本のサイコロとそっくりで、正六面体です。そのサイコロを使って、博打のために財産のみならず、妻子まで賭けて何もかも失ってしまったという話を、物語の中に色々と見出だすのです。
戦後まもなくのインド・パキスタン分離の頃も、難民の子供達が城の遺跡などで博打をしていたのを、私(←中村さんのこと)は見たことがあります。結局、(博打などというものは)六千年前からの人間の習性なのかもしれません。
(六)は、怠けて働くのが嫌になることをいっています。

(B)中村さんは、博打(常用漢字表にあるが音・訓が掲げられていない漢字)をわざわざ博奕(常用漢字表にない漢字)と書いています。しかし、こんなものは滅多に見ることもない(私はこの本で初めて見ました)表記だし、さしてこだわる意味もない、むしろ一般的な意思疎通には不適切だと考え、博打と書き換えました。私には教養がないので、あのような漢字をなぜわざわざ使うのか、意義が理解できません。

次です。

ー 酒を飲むなかれ ー

(A)ここに特に酒を飲んで何もかも失ってしまう人を戒めた詩がひかれています。

(B)なし。

続きです。

「財なく無一物なのに、
酒が飲みたくて、酒場に行って飲む呑(の)んだくれは、
水に沈むように負債に沈み、
すみやかにおのが家門をほろぼすであろう。」

(A)水に沈むように負債に沈みとは、当時貨幣経済が進展していたので、借金をすることが行われていました。
修行を完成した立派な人は色々と讃(たた)えられていますが、その讃えられている一つの形容語は「借金がない人」というのです。
また酒を飲むなという教えは仏典の中で繰り返し述べられています。
先刻述べたところで、四つの悪い行い、殺生と盗みと嘘つきと男女関係を乱すことが、人間が特に注意しなければならない悪いこととして、戒められたのですが、それに酒を飲むなが付け加えられて、仏教でいう「五戒」が定められたのです。
五戒は、仏教徒である限り、守らねばならぬ戒めという訳で、少なくとも名目的には、いかなる国の仏教徒でもこれを奉(ほう)ずるということになっています。
ただ最初にあげた四つと、最後に付け加えられた酒を飲むなは、少し重みが違うのではないかと、当然いわれます。確かにそうで、教義学者は以下のように区別しています。
最初の四つ、例えば盗みなどを性罪(それ自体悪いこと)と呼び、飲酒はそれ自体悪いことではないが、度が過ぎるといけないことを遮罪(しゃざい)と呼びます。つまり「あまり飲みなさるなよ」と言って遮(さえぎ)る訳です。そこに意味の違いがあるのです。
南方アジアの人は、酒を飲むなかれという戒律を厳しく守っています。仏教諸国はもちろんのこと、ヒンドゥー教徒の多いインドでも、公の会合では決して酒類をだしません。ところが風土が変わって北の方へ行くと寒いので、酒類は大目に見られるようになりました。例えば、韓国の僧達は戒律を厳重に守っていますが、非常に寒い時、お酒を少々飲むことは許されています。
この戒めは、わが国にも伝えられ、お坊さんは決して酒は飲まないが、般若湯(はんにゃとう)は飲んでいいとされています。般若湯すなわち智慧を生ずる湯なら構わないという逃げ口上ですが・・・。
このように、戒律と風土は色々と連関のある事柄です。
続けて読んでいきましょう。

(B)なし。

続きです。

「白昼に眠るのを常とし、
夜は起きるものと思い、
常に泥酔にふける者は、
家を確立することができない。」

(A)これはそうですね。今の日本(今から約33年前)だってそうだと言えるのではないでしょうか。それから、働きたくない人は、どうかすると何か口実をつけます。

(B)なし。

続きです。

「寒すぎる、暑すぎる、遅すぎる、と言って、
このように仕事を放擲(ほうてき)するならば、
利益は若者から去って行くだろう。
寒さをも暑さをも、さらに草ほどにも思わないで、
人としての義務をなす者は、
幸福を逸することが無い。」

(以上、一四)

途中ですが、ここで区切らせて頂きます。ご了承願います。

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・街路~がいろ~町の中の道路。

・街路樹~がいろじゅ~市街の美観・保健・保安などのために街路に沿って植えてある木。イチョウ・ブラタナスなどが使われる。

・遊歩~ゆうほ~ぶらぶら歩くこと。散歩。
(用例)遊歩道。

・賭博~とばく~金品をかけて勝負をすること。ばくち。

・博打~ばくち~①金品や物品をかけ、さいころ花札・トランプなどによって勝負を争うこと。ばくえき。とばく。
②(比喩(ひゆ)的に)成功の可能性がきわめて低い危険な試みをあえてすること。
(用例)一世一代の大博打を打つ。

・遊情~字引載っておらず。

・放擲~ほうてき~すべき事を投げ出すこと。打ち捨てて放っておくこと。
(用例)仕事を放擲する。

・五戒~ごかい~仏教語~在家信者が守るべき五つのいましめ。
・不殺生(ふせっしょう)
・不偸盗(ふちゅうとう)
・不邪淫(ふじゃいん)
・不妄語(ふもうご)
・不飲酒(ふおんじゅ)

なお、200_原仏12ー13 にも、この五戒のことは、既出しています。