以下は、個人的な独断と偏見ですので、お許し願います。
よく、孤独はさびしいかのように言う人や書いてあるのを時おり見たりする。
そうかなあ。
ご本人の資質にもよるだろうけれど、神経質だったり、人様に気を遣(つか)う性質だとかなり疲れます。
特に目上の場合や恩義のある人には、相手を傷つけないように、気分を害さないように、といろいろと気を遣うことになるから本当に疲れる。
参ってしまうし、正直、面倒くさい。
私は元々はズボラで霊性が低く、自然でスムーズな気配りをすることができないので、どうしても、故意に、意図的に気を遣うことになるからなんですけどね。
だから、あんまり親密にしすぎずに、かなり距離を置いて、お付き合いもホドホドにしている方がはるかに気楽です。
距離感のあった方がいいです。
また、自分は幼少時から多少抜けているので、何かと失敗しやすい欠点があります。
なので、一挙手一投足、なるべく相手に不快感を抱かせないようにと注意を払っていると、ヘトヘトになってしまう。
気を遣わなければいいじゃないか、と思われる方もいるかもしれませんが、元々が臆病で小心者なのでどうしようもないんですよ(小学校時代の悪魔的な人間から受けたいじめも影響している)。
それに、気を遣うのは、何も自分だけではなくて、相手も遣っている訳で。だから、それまでをも考えると、あまり、軽はずみにはできないし、いい加減にするのははばかられます。
気疲れすることを考えたら、やっぱり、まだ孤独の方がずっと楽です(今のところは)。
たとえば、食事。
家族だけとならいざ知らず、友人や知人などの人様と一緒となると、やっぱり様々な気を遣ってしまう。
話題選び、合いの手の入れ具合、食事の運び・・・。
こっちは何気ない一言でも、何が相手の気分を害さないとも限らない。
やっぱり、個人的には疲れてしまう。
それに娯楽。
テレビ番組でも、ユーチューブなどの動画でも、やはり、人によってかなりの嗜好の違いがあります。
こうした嗜好が他人様と共通なのは、珍しいんじゃないのかな。
中でも困るのがテレビです。私は今は家でほとんどテレビを見ないので、テレビを見なければならない時が結構きつい。消してくれとは間違っても言えないし。テレビはなくても、モーツァルトの音楽でも流れていればいいんだけど・・・。
もちろん、有限な肉体人間の命だし、限りある時間だし、気のおけない人と食事をしたり、いろいろすることはありがたいことだし、有意義なことはわかるんだけど・・・。
やっぱり、偏見かな・・・。
女性の場合は、マウントをとるだの何だのと、同性の人と比較対照して自分の価値を高めないと気がすまないのかもしれませんが、そんなに人の目を気にしなくてもいいんじゃないかなあ・・・。
神様のみ心に照らし合わせての絶対基準に変えればいいのに・・・。
ワイワイガヤガヤうるさい外野は、全部過去世の因縁の、この世で時を経て消えてゆく姿として、世界平和の祈りと守護霊さんと守護神さんへの感謝行で振り切り、気にしない訳にはいきませんかねえ。
ママ友のお付き合いがあったりすると、やっぱりマウント合戦は、避けることができないのかなあ。
比較すること、序列をつけること、承認欲求を満たすこと、これらに血道をあげなくてはならない性(さが)を持つ定めがあるんですかねえ。
女性という方々は。
よくわかりません。
ただ・・・。
唯物論で行き詰まったら、世界平和の祈りと守護霊さんと守護神さんへの感謝行をご検討下さい。
お願い致します。
なお。
同性、対異性を問わず、お付き合いはホドホドが楽、距離感としては適切なんじゃないかなあ。
あまりズブズブになって抜き差しならなくなると、ちょっとしたことで亀裂が入り、ギクシャクし始めると中々修復は難しいような気がしますけどねえ。
どうなんだろ。
この世においては、親子でも、夫婦でも、兄弟姉妹でも、友人でも、知人でも、実は目には見えない過去世からの縁(えにし)(=因縁)で結ばれた、人間関係、それも場合によっては、輪廻転生を通してため込んだ真善美に悖る想いと行いの業想念の清算としての厳しい修行相手である可能性があります。
これは宿命通(過去世を読み取る力)がある人でなければ、わからないこと(家族でも良い関係を築かれている方々は、やはり、それなりに過去世での生き方が良かったものと考えられます)。
だから、ある程度の距離を置いておき、祈りと感謝行で霊性を開発しながらやっていくのが、ある意味で中庸にもなるし、いいように思うんですけどねえ・・・。
どんな運命でもやってこい。私は深い信仰心があるからどんなに厳しい縁(因縁)も必ず受け止めて乗り越えて見せる、という人はほとんどいないと思うので・・・。
失礼致しました。
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・嗜好~しこう~その物を好んで親しむこと。たしなむこと。また、人それぞれの好み。
・マウントをとる、マウンティング~対人比較において、自己の優位性を示すための自慢や他者をけなすなどの示威行為。
(*)このマウント云々の定義は、国語辞典に意味が載っていなかったので、私流の意訳です。ご了承下さい。
・示威~じい~威力や勢力を示すこと。
・中庸~ちゅうよう~一方に片寄らず穏当なこと。また、そのさま。
・穏当~おんとう~穏やかで無理がないこと。また、そのさま。
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追記: 2021/07/26 05:02 〜訂正内容〜
誤記を訂正しました。