おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

699_ひしみー120

09 梵天による懇請

・釈迦は真理を楽しんでいた

前回( 698_ひしみー119 )の続きです。

以下に書くことは、前々回( 697_ひしみー118 )の内容に多少はかかわりのあることだとは思うが、基本的には、読書によるうろ覚えにもとづく話(しまい込んだ本が見つからない。高橋さんの本の内容だったか、斎藤さんの本の内容だったか記憶があやふや)なので、正確さに欠ける部分も多々あるだろうし、おおざっぱな話になるが、この点をあらかじめご了承頂きたい。

前々回、ひろさんは、お釈迦さんが真理を悟った状態を、自らが真理の中に溶け込んでいる、真理と一体化した状態であるかのようにお書きになっていた。

今回は、「真理に溶け込む」ついて雑談を書く。

よくスピリチュアルを語る人が語る言葉、「宇宙」。

・宇宙~うちゅう~①空間・時間の無限の広がり。
(用例)宇宙的規模で考える。
②すべての天体とそれを取り巻くすべての空間。天地。
③地球の大気圏外の空間。
(用例)宇宙遊泳~宇宙船の外に出て、宇宙空間で活動すること。
宇宙飛行士。
④一定の秩序を持つ統一体としての世界。コスモス。

スピリチュアルを語る、彼ら・彼女らが、言うところの宇宙は、このうち、①、②といったところだろう。

さしずめ、ここでもそのような前提で書いていく。

私達人間を取り巻くありとあらゆる無限とも思える、時間と空間を包摂するはかりしれない広がりそのものを宇宙、として。

五井先生(日本の宗教家五井昌久さんのこと)が、合気道の開祖植芝盛平先生と初めてお会いになった時に、五井先生から同伴するように言われて、お側にいた五井先生のお弟子さんの斎藤秀雄さんの話によると、両先生の会話は、以下のように始まったようだ。

「五井先生、私は宇宙です」

「植芝先生、私も宇宙ですよ」

斎藤さんによると、そうして、両先生はしばし歓談されたとのこと。

自分が宇宙である、とは自分とそれを取り巻くありとあらゆるものと一体化している、宇宙そのものになりきっているという、そうした意味合いに取れる。

自分も、他人も、物も、大自然も、宇宙空間も、何もない、すべては一つなんだ、ということみたいですね。

仮に、神様を宇宙の創造主として、俯瞰的に見なければ、神様=宇宙ともとれますね。

私も、あなたも、みんなすべての人も、ありとあらゆる生物も物も、みんな神様=宇宙につながっているし、すべてはもともと包摂化された一体のものなのだ、と。

ただ、これを心身共に感得できたような人は、こうした境地に至ることができて、それなりの神通力を発揮できるようだ。

宇宙に溶け込んで一つになりきってしまって、神様の愛そのものの境地になるから、絶対不敗になるということらしい。

植芝先生は、現代人から見れば、比較的小柄なお方だったようだが、屈強な大男も、もちろん、外国人の屈強な大男と相対しても、全く植芝先生の相手にならなかったらしい。

もちろん、何人がかりでもこれは変わらなかったようだ。

植芝先生にいくら挑みかかって行っても、まるで、自分のその向かって行く力ではね飛ばされてしまうようになるらしい。

宇宙や地球(?)と心身共に一体化している人には、どんな怪力の大男が挑んでも、けし粒か塵(ちり)のような存在にしかならないということなのだろう。

宇宙に溶け込み、調和を保っている人には、その調和を破ろうと挑みかかる者は、はじき飛ばされてしまうということのように思える。

唯物論の理屈で考えると、こうした人の場合には、意識の場が広がると、身体もそれと同じように広がるということなのかな?

普通の人は、人間は肉体だけ、という人間=肉体人間という肉体人間観に縛られているから、意識も広がらないし、肉体(身体)も肉体以上には広がらない。

もっとも、植芝先生のようなことは、たくさんの過去世で研鑽に研鑽を重ねて、仕上げとしてこの世に生を受けた人にしかできないことなんだろうけど。

植芝先生にも、数人の有力なお弟子さんが分派(?)したみたいだけど、植芝先生を超える人は出なかったみたいだし。

五井先生のお弟子さんの高橋英雄さんの著書に「 武産合氣 (たけむすあいき)」があり、確かその冒頭の写真に、たくさんの植芝先生のお弟子さんが写っていた。

やはり、あれだけ(以上の)たくさんの人が、植芝先生の奇跡を目の当たりにしているんだな、と思ったことを覚えている。

宇宙=真理とすると、お釈迦さんが、真理に溶け込んでいる、そして、各種の神通力を得て、最終的に漏尽通を得て、仏陀となった話に通じていますね。

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①追記: 2023/05/14 22:39
 〜訂正内容〜
表題を加筆・訂正しました。
①について
09 梵天による懇請
の内容が始まる、
694_ひしみー115
から
714_ひしみー135
までの 21 個分の表題を
すべて間違えていたこと
に気づきましたので、
これらを訂正しました。
これに伴って本文中も
訂正すべき部分を訂正
することにしました。
この章の正しい表題は
09 梵天による懇請
でなければならないところを、ずっと
09 梵天の懇請
のままにしていました。
大変失礼致しました。
申し訳ございません。
お詫びとともに訂正させて頂きます。