2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧
35 小さな過ちにこそ気をつけるその報いは来ないだろうと思って、 悪を軽んじてはいけない。 水が一滴ずつしたたり落ちるならば、 水瓶を満たす。 愚かな者が、 些細な悪を積み重ねるならば、 やがて悪を満たす。 悪を積むならば、 やがて災いに満たされる。…
34 自分で生んだ苦からは逃れられない悪いことをした人は、 この世で悩み、 来世でも悩み、 二つのところで、ともに悩む。 彼は、自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。(一五) (第1章 対句 より)善いことをした人は、 この世で喜び、 来世でも喜び、…
33. 慈しみの心さえあれば仏の教えを喜び、 慈しみに住する修行僧は、 一切の現象から鎮(しず)まることから生まれる 涅槃(ねはん)に到達するであろう。(三六八) (第25章 出家修行者(比丘) より)以下、S さんの内容を (a)、私の思うところを (b) として、逐条…
32. 慈悲の心を育てる昼も夜も害を与えない (慈しみ)の心でいる比丘は、 いつも覚醒して常に冴(さ)えている。(三〇〇) (第21章 さまざまなこと より)以下、スリランカ仏教界の長老のアルボムッレ・スマナサーラさんを、S さんとします。ご了承下さい。文章も…
31.「知っている」と思う者が愚か者もし愚か者が、 自ら愚か者であることを知るならば、 すなわち賢者である。 愚か者でありながら、 しかも自ら賢者だと思う人こそ、 愚か者だと言われる。(六三) (第5章 愚か者 より)S さんの言うことを(私の独断と偏見の意…
30. こわれなければ創造はない「すべてのものは無常である」(諸行無常)と 明らかな智慧をもって観(み)る時に、 人は苦しみから遠ざかり離れる。 これこそが人が清らかになる道である。(二七七) (第20章 道 より)手抜きみたいですみませんが、これも先に見た…
29. 自分が死ぬということを覚悟する人々は、 我々は死すべき者だと気づいていない。 この理(ことわり)に、他の人は気づいていない。 この理を知る人があれば、 争いは鎮まる。(六) (第1章 対句 より)これは先に見た、( 342_法話50-28-1 - おぶなより ) と (…
以下は、改変・要約・書き換えなどを含みます。ご理解とご了承をお願い致します。以下、「人間にとっての死の恐怖と因縁因果の転回について」の五井先生のお話です。ーーーーーーーーーー人間世界におけるすべての不安の根底は死の恐怖にある。いかなる苦しみに直面し…
28. わたしも同様に死ぬのだと観察するこの体は衰え果てた。 病の巣であり、もろくも滅び去る。 腐敗のかたまりで、くずれてしまう。 生命は死に帰着する。(一四八) (第11章 老い より)S さんによると、仏教経典には「すべてのものは消えてゆく。同じように…
27. 一切のかぶりものを取る心の汚れを捨てていない人が、 黄褐色の法衣をまとって、 自制しようとしないならば、 法衣にはふさわしくない。(九) (第1章 対句 より)S さんによると、インドでは、仏教の僧侶だけではなく出家者も黄褐色(おうかっしょく)の服を…
26. 得る道ではなく捨てる道何もない我らは、 大いに楽しく生きている。 アーバッサラ神(光輝く神)のように、 喜びをさ滋養として生きている。(二〇〇) (第15章 幸せ より)まず、アーバッサラ神についてですが、S さんは突然のように出してきて、しかもこれ…
25. 自分の思うがままになるものはない私には子供がいる、 私には財産がある、 と愚か者は悩み苦しむ。 自分でさえ自分のものでないのに、 何が子供か、 何が財産か。(六二) (第5章 愚か者 より)ちょっと語気が強い表現ですね、最後の 2 行は。訳のせいなの…
24. 執着心が強いと重たい荷車になるものごとは心にもとづき、 心を主とし、 心によってつくりだされる。 清らかな心で話したり行ったりするならば、 福楽はその人につき従う。 影がその体から離れることがないように。(二) (第 1 章 対句 より)これは、9. …
対人の不思議。私達は、人様と対面した時に、顔の事細かな造形、表情、指先や手の肉付きや、ホクロのあるなし、外形的なスタイルなどなどに、無意識に目が行ってしまうことがあります。それも、おそらく、コンマ何秒以下という超速の速さで。私は男なので、…
23. ものに依存しない生き方前回 ( 335_法話50-23-1 - おぶなより ) (七五)(第5章 愚か者 より)の続きです。まず、前々回 ( 334_お断り4 - おぶなより ) で書いた、法句経の各番号の収録章の附記ですが、これからのものは当然に附記するとして、過去の記事…
23. ものに依存しない生き方現世利益に達する道と、 涅槃に達する道と、 まったく相反する道がある。 この理(ことわり)を知っている仏弟子達は、 名誉を喜ばない方がよい。 そして離欲の道を歩めばよい。(七五) (第5章 愚か者 より)S さんによると、私達は…
これまで、法句経(ダンマパダ)を、S さんの法句経一日一話の 50 節に沿って見てきましたが、経文が古く簡素すぎて(?)私のような力不足な者には、わかりにくいこと、そして、本の法句経の内容の取り上げかたの順序が、やや散らばっているような気がしました(…
22. 自分が自分にたいしてひどいことをする敵同士、憎しみ合う同士が、 とろうとする態度よりも恐ろしいことを、 邪(よこしま)に育った心は、 自分に対して行うのだ。(四二) (第3章 心 より)S さんは、さらに以下の経文を加えて、色々と説明していますが、ど…
21. 他人の過失を見ずに自分を観る他人の過ちや、したこと、 しなかったことなど、 見る必要はない。 自分を観るべきだ。 何をしているか、 何をしていないのか、と。(五〇) (第4章 花にちなんで より)S さんは、以下のような、もう一つ似たような経文を引い…
20. まず自分をととのえてからまず自分を正しくととのえ、 ついで他人を教えなさい。 そのように賢明な人は、 煩(わずら)わされて悩むことがない。(一五八) (第12章 自己 より)あなたが他人に教える通りに、 自分でも行いなさい。 自分をよくととのえた人こ…
19. 自我は苦しみを生むおおもと「一切の事物は我にあらず」(諸法無我) と明らかな智慧をもって観る時、 人は苦しみから遠ざかり離れる。 これが清浄になる道である。(二七九) (第20章 道 より)S さんは、私はと認識する主体を自我として、この自我が苦しみ…
18. 一旦停止する心はとても見難く、 きわめて微妙であり、 欲するがままに飛び回る。 智慧ある人は心を守る。 守られた心は安らぎをもたらす。(三六) (第3章 心 より)これは 9 心を具体的にとらえるには で引用されていた以下の (三五) (第3章 心 より)に酷…
はてなさんを見ていたら、こんなものを見つけました。以前、有料記事に、自己流の対処法を書いたけど(もちろん、どう考えてどう対処するかはその人の考え次第で選択は自由)、自分の記事を有料化したい人にはこんなサービスがあるんですね。note からはてなに…
17. 不安の消えた状態が悟り渇愛から憂いが生じ、 渇愛から恐れが生じる。 渇愛を離れたならば、 憂いは存在しない。 どうして恐れることがあろうか。(二一六) (第16章 愛しきもの より)この世のあらゆることは、良いことも、悪いことも、人々のあまたの過去…
16. 今なすべきことに意識を向けるなすべきことを、なおざりにし、 なすべからざることをなす。 遊びたわむれ放逸な(今の瞬間に気づかない者には)、 煩悩が増大する。(二九二) (第21章 さまざまなこと より)・放逸~ほういつ~勝手気ままでだらしないこと。…
15. 解決しようとじたばたしない心は煩悩が漏れることなく、 混乱することもなく、 善も悪も乗り越えて、 目覚めている人には、 何も恐れることがない。(三九) (第3章 心 より)この訳文も一行目がわかりにくいので、また、別の訳を参照します。心乱れること…
14. ありのままの自分を明確に観るもろもろの心の汚れを落としたいのなら、 昼も夜も目覚めて(気づいて) 涅槃(永遠の安らぎ)を目指しなさい。(二二六) (第17章 怒り より)個人的な独断と偏見ですみませんが、また内容を S さんのものと変えます。S さんは、…
13. 自我をだしたとたん心の成長は止まる無意味なものを有意義とみなし、 有意義なものを無意味とみなす人は、 その誤った心にとらわれて、 決して真実は得られない。(一一) (第1章 対句 より)以下、スリランカ仏教界の長老のアルボムッレ・スマナサーラさん…
今週のお題「下書き供養」下書き供養そのものではなく、備忘録的なことですみませんけど、お許し願います。ちょっと仏教の法句経(ダンマパダ)から外れてすみませんが、思い出したことがあるので、忘れないうちに書きます。身長のことです。やっぱり、インタ…
前回 ( 320_法話50-12-2 - おぶなより ) の続きです。五井先生(日本の宗教家五井昌久さん)の話の続きです。 空をわかるために誰も彼も兄弟姉妹、物質の肉体が離れてしまったから、利害関係が対立しまして、他人も自分も、自分のことを守ることで精一杯。自分…