おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

677_ひしみー098

676_ひしみー097 の続きです。

いくつかの点に話を分けて書くことにする。

1. 5 人の修行仲間の出自(*)

仏典の話も含め、一般的には、3 度の城に残る説得を振り切ったお釈迦さんの身を案じた父親の浄飯王が、息子(お釈迦さん)の身の回りの世話をさせるために遣わした人達ということになっている。

ひろさんのお師匠さんの中村元さんも落合誓子さんもこの立場。

ひろさんは、これを疑問視して純粋な修行仲間だとお考えのようだ( 670_ひしみー091 )。

私もそう思う。

2. 出自からくる「ガウタマよ、君は堕落した」の意味

5 人の修行仲間が、浄飯王が遣わした者である場合を A、純粋な修行仲間である場合を B とする。

A の場合なら、お釈迦さんが苦行をやめてしまったことを、むしろよかったと思うのではないだろうか?

彼らが元々がお釈迦さんの待者(付き人)ならば、お釈迦さんが苦行をやめたことは、お城に連れ戻す格好の理由にもなるかもしれないと考えられるからだ。

釈迦国は、仏典に描かれた装飾描写とは異なり、実質は小国だったと考えられる( 606_ひしみー028 )。

だから、なおのこと、浄飯王の国の行く末を案じる気持ちは、痛いほどだったのではないか。

浄飯王が身の回り世話や身辺警護(?)を考えて待者を遣わしたとしても、やはり、自分の跡を継ぐために城に戻ってくることを諦めてはいなかったのではないか。

だからこそ、浄飯王は、お釈迦さんに国を継いで欲しいと懇願していて、再三、お釈迦さんの出家を引きとめていた。

彼らは、元々は、そうした釈迦国の主である浄飯王の意向を汲んでいたからこそ、お釈迦さんの身の回りの世話をする待人として配されていた可能性が高いのではないか。

そのように考えると、この 5 人の修行仲間は、純粋に道を求める人達というよりも、苦行をするならバラモンとして、あるいは、他宗のジャイナ教に則るような形ならともかく、お釈迦さん独自の考え方で苦行を放棄することはよく思わない可能性があるし、ならば、お釈迦さんをお城に連れ帰ることの方がいいと考えていたのではないか(この点に関しての考えは落合さんと同様)、と思われるのだ。

そうすると、彼らが苦行をやめたお釈迦さんに対して、「君は堕落した」と非難して、お釈迦さんを見捨てて去っていったのは、あまりそぐわない、辻褄が合わないことのように思える。

上記のような旧来の苦行をやめることをそれほど強く非難したくなるとは思えないし、決別したりすれば、浄飯王のお釈迦さんの身を案じる意向にも反してしまうと思われるからだ。

以上のように考えてくると、B のように、彼らは純粋に道を求めている人達であり、お釈迦さんと巡り合わせた求道者ととらえる方がいいように思える。

従って、B の見方こそが、同じ求道者として苦行を道半ばで放棄してしまったお釈迦さんに対して、「君は堕落した」と非難する言葉がしっくりくるように思えるのである。

落合さんは、A の立場ではあるが、その「堕落」の意味合いが、ここまで書いてきたものとはまったく違う。

それを次項に書く。

3.落合さんの解釈

詳しく書こうとすると、話がさらにぐちゃぐちゃになるので、上記には書かなかったが、落合さんの場合の「堕落」の意味合いには、お釈迦さんに乳粥を供養したスジャータのことが絡んだものとなる。

落合さんの場合には、修行仲間の 5 人は、お釈迦さんが単に苦行を放棄してしまったことだけを非難して「君は堕落した」と言っているのではなくて、もっと別の意味に重きを置いているからだ。

落合さんはその鍵をスジャータの身分に求めて仮説を立てている。

細かく話を引用するとかなり長くなるので、勝手ながら、意訳も含めて大雑把にまとめさせてもらう。

要は、スジャータの身分がチャンダーラというカースト外の賤民であることに問題があったらしい。

スジャータが賤民であったために、その乳粥を供養してもらうことが、すなわち、お釈迦さん自身をアウトカーストに落とす行為に当たることになってしまうらしいのだ(細かい話はすべて省く)。

落合さんは、お釈迦さんご自身が、それを承知の上であえて、供養を受けたとお考えのようだ。

ただ、修行仲間の 5 人は、特にその中の 1 人である、コンダンニャがバラモン出身者であることもあって、この賤民に落ちる行為を容認できなかったととらえるのだ。

だから、彼らはお釈迦さんに対して、「君は堕落した」と非難して、決別して去って行ってしまった、としている。

ただ、以下のひろさちやさんのように考えると、この落合さんの仮説は、前提そのものが崩れてしまうことになる。

残るは、浄飯王が遣わした元々のお釈迦さんの待者ではない、純粋な修行仲間である彼らの身分がどうであったか、くらいかな。

でも、落合さんの視点のように、仏典に男尊女卑の差別思考が組み込まれているように意図的に解釈したいならば、(仏典側で)こんな疑問をわざわざ遡及しやすい点を含んだ創作をしますかね?

しかも、お釈迦さんが、女性に対してやや厳しい目を向けていたのも、落合さんのような頭っからの差別という観点からではなくて、お釈迦さんは女性そのものの過去世からの因縁の深さがよくわかっていたからではないですかね。

女性としてこの世に生を受けることはそれなりに業が深い、と。

果たすべき過去世の因縁が多い、と。

とはいえ、お釈迦さんの肉体人間に対する見方は、あくまでも平等です。

なぜか?

それは、肉体人間の本質は、あくまでも神様の分けられた命である神性(仏教なら仏性)そのものである、従って、男性と女性という性別を問わず、すべての肉体人間は、この神性という本質をそなえた者としては、同質であり、平等であると考えていたと思われるからです。

どんなに過去世の因縁の違いにより、この世でのあらわれが異なっていたとしても。

男性も女性も、肉体人間として、神様の分けられたお命を本質としていることには、何ら変わりがない。

だからこそ、女性でも、比丘(男性の出家修行者)よりも厳しい修行の条件が課されることにはなっても、比丘尼(女性の出家修行者)を認めた。

阿難に懇願されて、ようやく比丘尼を認めたのも、女性にはこうした特性はあるけれども、その本質は男性と変わらない、差別なく本質に神性(仏性)をそなえた肉体人間と認めていたからこそ、男性と同じく悟りは開けるとしていたのではないですか?

だから、お釈迦さんは、その根本的なお考えにおいては、女性を差別しているとは、どうしても思えないんだなあ。

以上は、あくまでも、個人的な独断と偏見です。

ご容赦・ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。

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(*)5 人の出自について(それぞれに、改変あり)。ちょっと内容が前後してしまうが、ご了承頂きたい。

2.の A の場合
「おそらく、ブッダの出家当初からの仲間であり、ブッダの付き人ではなかったかと想像されます。
5 人はすべて釈迦族の出身であり、同族の親しさがあったのではないでしょうか」中村元・田辺祥二著 ブッダの人と思想 (NHKブックス) など。

2. B の場合
「伝説によると、この 5 人の仲間は、沙門ガウタマ(お釈迦さん)の父親の浄飯王(シュッドーダナ)が息子の身辺警護のために送り込んだ人間だという。
まさか・・・だよね。
事実だとすれば、過保護に過ぎる。
釈迦国を大国に見せかけるための粉飾であろうが、贔屓の引き倒しになってしまった。
実際は、尼連禅河の辺り、ウルヴィルヴァーの地に物凄い苦行をしている苦行者がいるという風評が広まり、それで次々と仲間が集まり 5 人となったのであろう。
それだけ、インドにおいては苦行に人気があった証拠である」 ひろさちや著 釈迦 (春秋社)。

なお、このひろさんの見方については、( 573_四諦について2、670_ひしみー091 )でもちょこっと触れてある。

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①追記: 2022/06/17 18:55
②追記: 2022/06/17 21:08
③追記: 2022/06/17 21:13
④追記: 2022/06/17 21:15
⑤追記: 2022/06/17 21:18
⑥追記:2022/06/17 23:23
〜訂正内容〜

上記複数回にわたり、本文と注釈を加筆・訂正しました。