おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

025_苦手な動物

私は犬が嫌いである。

幼少時は放し飼いの犬(野良犬?)が怖かったし、ある程度経ってからも、民家脇の道路を歩いていて、いきなり大きく吠えられ、心臓が止まりそうなほどギクッとしたことが、一度や二度ではない。

その度に、このクソ野郎(犬畜生か)!石でも叩き付けたろか!と、何度思ったかしれない。

私の想念が乱れていた訳でもなく、犬の存在にも全く気づかず、ただ歩いていただけなのに、なぜこんな目に遭わせやがるんだ、このクソ犬!と怒りが収まらない経験を何度もしているのである。

その度に、グッと堪えて、怒りを静めるのに、かなりの時間がかかることも、しばしばだった。

因縁因果だとしても、相手が人間ならまだしも、犬だ(それも大抵かわいくない。おっかない顔をしていてもハンサム(精悍かな?)じゃない顔をしてたのがほとんど。だから、余計に腹が立った)。

傲慢かもしれないが、ほとんど祈れなかったよ。

もちろん、そうでない犬も沢山いるだろう。

だが、こればかりは、個人的な体験だからどうしようもない。

歩いていても、猫に凄まれたり、ひっかかれたり、ましてや、ションベンをひっかけられたことなど、ただの一度もないのである。

猫は警戒心が強いから、寄ってもこないのだろうが、吠えて無闇に人を威嚇しないだけでも、犬よりはるかにマシだ。

猫がうるさいのは、仲間内の喧嘩の時くらいだし。

猫は、基本的に気まぐれで、自分勝手で、人に従順ではないし(中には、従順でおとなしい猫もいるが)、中々感情がつかめないところがあるが、人を威嚇したり、吠えて恐怖させないだけでも、犬より断然良い。

という訳で、犬は(今のところ)好きになれない。

また、これはある犬で気づいたのだが、個体にもよるだろうが、犬にも顔の使い分けがあるのではないか、と思ったことがある。

つまり、主に従順にしている飼い主及びその家族と赤の他人では、警戒心もあるからだろうが、態度を使い分けている個体が殆どではないか、と。

番犬という言葉もあるぐらいだし、そうでなきゃ犬じゃないと思われる方もいるのだろうが、こちらが側に何の悪意もないのに、いきなり、ビクッ、ギクッとさせられる身にもなってくれ。

噛みつきそうなでかい声で、いきなり吠えかかられるのは、本当に堪らないのだ。

無闇やたらに吠えず、静かながらも、強く、冷静沈着な判断力を持った、内面と外面を使い分けない賢い犬が増えることを願うばかりである。

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①追記: 2024/03/20 07:13
②追記: 2024/03/20 07:25
〜訂正内容〜

上記複数回にわたり、本文を加筆・訂正しました。