おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

071_無批判

前回 ( 070_不変 - おぶなより ) で、なぜ他者を批判してはならないか?について、理由を書いといたほうがいいかな、と思ったので、補足する。

貴方( KS さん)には、本来なら因縁因果や輪廻転生について、俺がこれまでに書いてきた内容を参照してほしいのだが、到底、そんなことはしてくれないだろうから、今回、できる範囲で簡潔に記してみたい。

まず、私達はこの五感で認識できる肉体が人間だと普通にとらえている。

唯物論がこれだ。

しかし、俺の言う唯心論では、これは現界(この世)での仮の姿であり、本質は霊なる人間、霊魂魄(れいこんぱく)こそが、本来の人間なのだ。

この霊魂魄は、神様からわけ与えられた生命、いわゆる、神様の分霊(わけみたま)であり、本質が神様である以上、真善美に悖(もと)らない、つまり、病気、争い、貧しさ、苦しみとは、無縁の存在であることになる。

そして、神様のつくられたであろう世界、すなわち、神界、霊界、幽界、現界(この世、時系列で言えば現世)は、神界から順に、周波数の粗い、波動の粗い世界になっている。

従って、その動きにも、著しい時間の差が出てくることになる。

一番時間がかかるのが、この世という訳だ。

たとえは悪くて申し訳ないが、あの野郎、ぶん殴ってやる、と思ってもすぐにはできないように( 想い→行為→行為 の成就(じょうじゅ)までに時間がかかる)。

で、神様は時間と空間がなきに等しい霊界以上の存在だから、そのままとしては、現界たる物質界に個別には現れようがない。

ありてあるもののずべて、全体そのものだから、個々に物質界に働きかけるのは、それなりの手続きを踏むらしいのだ。

神様は、そのお姿を現界に写し出すために、その写し身としての肉体人間を作り出し、その中にわかれて入ることで、惑星(私達の場合は、地球さん)を、開発する形で、これをすすめていくらしいのだ。

そして、その惑星開発の活動のための必要性から、肉体人間に自己保存の本能、当然、生殖をも含む動物的な本能を、お与えになったらしいのだ。

なので、この自己保存の本能は、肉体人間として生き、その有限(本体の霊魂魄の方は無限)な世代を引き継いでいくために、便宜上、付与されたものになる。

この惑星開発の過程で、肉体人間たる私達は、段々とこの世の物質にこだわり、利害得失に明け暮れるようになり、元々は、神様の光のわかれの同胞であったことも忘れ果てて、肉体人間こそが人間、各々はまったく別個な存在と認識するようになってしまったらしいのだ。

結果、相争い、限られた資源を巡っての、収奪戦を繰り広げるようになってしまった、と。

つまり、本来ならば、全人類が互いに慈(いつく)しみ、愛し合い、尊重し合わなければならないはずが、肉体人間個々の近しい身の回りの者だけに限定した、利害得失計算に終始する羽目に陥ってしまった、と(今も続いてますね、これは)。

そして、これらを、すべて予定のこととして、お見通しだった神様は、人類が相争い、滅びてしまわないように、肉体人間個々に、その祖先の悟った(神様の分霊としての本質を感得できた)者を守護霊、そして、その上に立つ守護神をつけて、守っていくこととされたらしいのだ。

で、肉体人間として、利害得失計算に明け暮れる私達は、当然のように、本来の神様の分霊(つまり神様)のあり方としては相応(ふさわ)しくない、真善美に悖る想念と行為、いわゆる、業想念を積むことになってしまった。

神様は、そのお姿を最終的に現界に写し出されるとはいっても、本質は変わらない。

現界に写し出しが完了した、つまり、地上天国が成る暁(あかつき)には、当然に、業想念などは、存在し得ないことになる。

つまり、肉体人間が、現界で為してしまった、真善美に悖る、本来あるべからざる(=あってはならない)想念と行為は、現界で時を経て消えてゆく姿として、様々な形で立ちあらわれてくることになる。

数限りない肉体人間の、これまた数限りない輪廻転生を通して、この世で、あらわれては消え、あらわれては消え、といった繰り返しの形をとりながら、だ。

真善美に悖らない、適(かな)うものならいいのだが、悖るものは、病気、争い、貧乏、苦労の形で現れてくるので、現界で辛い思いをする訳だ。

つまり、業想念の修正は、病、争、貧、苦の、いわば、あがないの形をとって清算するということなんですよ。

これが、私達の輪廻転生を通して、何千回、何万回(あるいはそれ以上かもしれない)も、繰り返されてきている、と。

ということは、今は、どんなに世の中が乱れ、業想念に満ち満ちていて、悪が栄えに栄えていたとしても、あくまでも地上天国化までの、過程の中途ということになる。

神様のお姿を、現界に映し出すことが、無事完了し終えるならば。

この輪廻転生の中で私達が、為した行為(以下、真善美に悖るものに限って話をすすめる)は、原則としてその世から見れば、次の世以降(現世で言えば来世以降)に悖った分だけ、その清算(神様の想念行為として相応しくない分だけの修正)を余儀なくされることになる。

本来は、あってはならない、ないはずのものだからだ。

従って、地上天国化までの中途の過程では、そうした想念行為は、生じるその都度、その都度で、隔世をまたいだ(=生まれ変わりを経た)清算という形で、消し去る形をとっている、と。

これが、般若心経のこれもナイ、あれもナイ、全部ナイの意味するところ(宗教家の五井昌久さんの表現なら、(現世で起きてくるほとんど)すべては過去世の因縁の消えてゆく姿、になる)だ。

今、この私達肉体人間の五感にまつわり感じとれるものは、実はあるようでないのだ、いずれ必ず消え去ってしまうものなのだから、と。

で、私達が、便宜上付与された自己保存の本能ゆえに、唯物論の思考に縛られ、下手をすれば相争い自滅して、地球さんを破壊しかねないほど、数限りなく積んでしまう、真善美に悖る業想念の清算、これを、可能な限りその裁量の範囲内で、修正し救済して下さるのが、守護の神霊たる守護霊さんと守護神さんになっている、と。

守護霊さんと守護神さんの、たくさんのご加護を頂いてさえ、今のこの状態だから、私達個々について浄めて守っていて下さらなかったら、地球さんはどうなっていたかわからないんですよ。

今でさえ、資源の乱開発、戦争、災害と、罰当たりなことに、地球さんを散々に傷つけまくっているんだから。

私達が、地球さんから、その自然から、どんなにかけがえのない恵みを頂いても、その対価を要求されることは決してありませんよね?

そうでしょう?

しかも、原子爆弾水素爆弾をはじめとする核兵器、そして原子力発電所放射能などで、地球さんだけでなく、周りの惑星さんとその住人の方々にまで、どれだけのご迷惑をおかけしているか、はかりしれない。

と、以上が、この世にかかわる仕組みの概要だと考えます。

なので。

たとえ、輪廻転生(生まれ変わり)を信じず、人生が今この時点のこの世(現世)のみであり、どんなに正当性を帯びた批判や評価であったとしても、どう見てもそうとしか思えなくても、その霊的な、輪廻転生を通した意味合いと評価は、私達一般人には、わからないのですよ。

仏陀(煩悩を超越し真理を悟った者の意。一般的には、お釈迦さんを指すことが多い)といった、輪廻転生を通した因縁因果をすべて読み取れて、理解できるような、漏尽通(ろじんつう)を駆使できるほどの聖者でない限りは。

批判が、現界で時を経て消えてゆく姿の一環または一部としての現れなのか、それとも、現世での新たな悪しき因縁作りになるのか、は。

貴方のような、アホ、バカ、クズと嘲笑顔文字の、おそらく数年来にわたるであろう、大量の積み重ねのように、あまりにも程度がひどいと、こんな俺でさえ、こりゃあ、とっくに過去世の因縁を超えた、現世での悪しき因縁作りなんだろうな、と推測できるくらいで。

従って、果てしない長い長い悠久の時間をかけた地上天国化の妨げとなる、業想念は避けた方が好ましい、いや、是非とも避けてほしいということなんですよ。

それだけ、地上天国化が遅れるし、この世も乱れ、大半の人が苦しむし、守護霊さん、守護神さんの裁量の範囲まで逸脱(するのかどうかわかりませんが)して、世界が滅びるのは、絶対にあってはならないと思うから。

これは、いわば、地上天国化という、神様のご経綸(けいりん)を頓挫(とんざ)させる(こんなことあるのかな?わかりませんが)かもしれないからです。

それに、前にも書きましたよね(見てもいないか)?

現世での追及派の人達や貴方の批判、この想念と行為は、有害無益にしかならない、と。

批判対象者が、素直に話を聞き入れ、真摯な反省をして、その行いを悔い改めることがまったくない、絶対にない、という意味では無益です。

まさに、馬の耳に念仏、が如しです。

そうですよね?

今までのところ。

貴方の指摘した、ほんのわずかな(お役人様)の改善点も、本来為すべき他の重要課題を放置ならびに放棄しているどころか、むしろ逆のことをしている)ことからすれば、相殺してあり余る、いわば、滅却するほど、規模と重要性が異なっています。

だから、ほとんど無益なのです。

そして。

来世以降に、批判という真善美に悖る想念と行為によって、悪い因縁を作る、その種を蒔(ま)く、という意味では、有害です。

だから批判、ましてや、侮蔑表現や侮蔑語はやめて下さいってことなんです。

で、これらが、最悪な形であらわれたものを、俺はゴブチ(傲慢、侮蔑、嘲笑(冷笑含む)の略。俺が勝手に名付けた)と称して、今までに何回も書いてきたんですよ。

霊的に言えば、来世以降を通して、真善美に悖る想念行為の清算としての、現界でのそれはそれは厳しい修行が、全部、貴方ご自身に起因するあがないとして、覆い被(かぶ)さってくるし、良いことが一つもないのだから。

で、それだけではなくて、貴方も神様の分霊を宿した肉体人間だから、総和としての人類全体の霊性の水準に影響があるんですよ。

貴方も、まぎれもなく、神様の分霊を与えられた、その一部を構成するのだから。

真善美に悖る業想念を積めば積むほど、それなりに、人類全体の霊性の水準を低下させることに荷担することになるんです。

つまり、悪い因縁を積むことによって、総和としての人類全体の因縁因果たる、その来世以降の行く末に、悪影響を及ぼす訳ですよ。

たとえ、何十億分の一であったとしても。

従って、貴方にも、地上天国化にそれなりの責任があることになるんです。

だから、やめて下さい、と。

もう、今からでもいいから、業想念はすべて世界平和の祈りに持っていき、入れ込んでしまい、何とか守護霊さんのお浄めも頂いて、消し去るような習慣をつけるように変えていってほしいんですよ。

どうしても、批判や嘲笑顔文字がやめられないのならば、この際、世界平和の祈りと守護霊さんと守護神さんへの感謝行を、並行してはじめてほしいんですよ。

一日一回でもいいですから。

そして、批判などの矛を徐々に収めていくようにして頂きたいんです。

繰り返しますが、今のままでは、霊的にいいことが、何一つない状態だからです。

で、最終的には、あれやこれやとこの世で生じる業想念を、世界平和の祈りと守護霊さんと守護神さんへの感謝行に置き換えてしてしまって下さい、その癖をつけるようにして下さい、とお願いしたいのですよ。

実は、貴方が、こういったことを受け入れるか否かも、現時点での貴方の過去世(前世、前々世、・・・)からの因縁因果次第なのですが、とりあえず、書いてみました。

俺の力不足から、説明が稚拙で、ごちゃごちゃとして、わかりにくい点は、ご容赦下さい。

なお、地球さんの次元上昇、いわゆる、アセンションに絡めた話もあるのですが、勝手ながら割愛します。

ご了承下さい。

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(追記)
まあ、これは貴方( KS さん)には、余計なことになるかもしれないが、ついでだから書いておきます。

現界(この世、時系列では現世)では、(神様の光の現れ方の)波動が粗く、時間がかかると書いた。

あの野郎、ぶん殴ってやると、思いを発しても(想念を抱いても)、その成就たる、行為=実行完了までには、時間がかかる、と。

これが、例えば、あの世にいて、幽界(想いの世界)にいる場合だと、その想いは、すぐに、自らに返って来て、なかなか、悪循環を抜けられないらしいのだ。

かなりの時間を与えられ、しかも因縁を果たす相手がいてこそ、因果が終える訳だ。

なので、この世に肉体人間として、生を受けたということは、もちろん、業想念をあがなうためではあるけれど、消し去るためのありがたい環境に生まれついた、とも考えられる。

幽界にいては、業想念の激しく早い渦から抜け出せずに、苦しむところを、現界に生まれたことにより、この苦しみを消すための格好の機会を与えられたと考える訳だ。

なので・・・。

貴方のように、おそらく紐付きの因縁(過去世の因縁)をこえたであろう、業想念を重ねていくような状態を読むのは、何とも言えないのだ。

かつては、ブログとはいえ、様々なことを教えられた貴方に、恩を仇で返すような真似はしたくなかったからだ。

まあ、これは何も貴方に限ったことではなく、祈りを知らない、あるいは、実践しない、唯物論の人、ほとんどすべてに当てはまることだろうとは思う。

貴方の引用されていた漫画の作者さん達も、かなり昔から、陰謀の理解の深度は別にしても、様々な問題意識を持っていた、とわかるからだ。

ただ、残念ながら、この人達も祈りを実践してはいないのかもしれないな。取り上げられていた問題が解決せず、おそらく、ほとんどがそのままになっているのだから。

繰り返しになりますが、唯物論に行き詰まったら、祈りを考えて下さいと、お願いするしかありません。

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①追記: 2024/04/06 09:57
②追記: 2024/04/06 10:05
〜訂正内容〜

上記複数回にわたり、本文を加筆・訂正しました。