おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

112_物語

わからん。

少し古めからあるいくつかのバトル系漫画のこと。

なかなか、完結しない。

必ずや、平和を乱す悪役(しかも、神を完全な悪者とするものまである。あんな言葉遣いと想念と行為が残忍で邪悪な存在は、どう考えても神の名を冠するべきではないと思うのだが)が、次から次へとあらわれる。

やっと、一段落したか、と思えば、また、次だ。

とは言うものの。

さすがに、初期や中期の物語性のような、躍動感や魅力が削がれて、やや、こじつけ的な感じがしなくもない。

読んでいると、一体、いつになったら平和になるんだよ、もう、いい加減にしてくれよ、とも感じることがある(すみませんね。一人の読者の身勝手な感想です。だったら読むな、と言われればそれまでなので)。

結局、こうした内容のものを読まされる(=成り行きや顛末、結末が知りたくて、途中で読むのをやめられず、ズルズルと読むはめになる)、ということは。

つまるところ、安心したいんだな。

やっと、安息と平和の地平にたどり着けた。

もう、不安はない。

ホッとする、と。

悪が栄えたまま、話が終わったんじゃ、到底、やりきれない。

悪が栄え、弱肉強食だらけ、這い上がるのは、僥倖(ぎょうこう)頼みの救いようのない終わり方だらけで、完結されたんじゃたまらない。

後味の悪さだけが残るから。

どんなに紆余曲折を経ようが、どんなに世の中が悪魔的存在に覆い尽くされて絶体絶命になろうが、最後の最後には、善なる存在が勝利を得て、平和と安定もたらされる。

それまでは、さんざん引き回され、やきもきさせられるのが、常です。

よって。

話を作る側としては、平和や穏やかな地平を故意に満たさないようにすることで、わざと話をまるくおさめないことで、ズルズルと話を引き延ばし、読む者を、長く長く、いつまでもいつまでも、引き付けておく。

何だかんだと、引きずり回す。

作者の人達が、一体、何をどう考えて、創作しているのかは、わからない。

しかし、読まされる側の視点からすると、こんなことを勘ぐってしまうのですよ。

で、なぜ、読者として、こうした話を読みたくなるのか、の一つの仮説を立ててみたい。

やはり、現実の世界が影を落としている、というか、影響しているのではないだろうか。

現実の世界、現界(時系列的には現世)は、不平等、不均衡に満ち満ちていて、しかも、過去には何度もの戦争や天変地異があったような世界。

過酷な生涯を送った人達には、場合によっては救いようがない世界。

最近の日本でも、東日本大震災原発事故、地震、台風とかなりひどいことがあった。

しかも、その事後の対処まで含めて。

もちろん、元々ある各種の自然の恵みは、素晴らしいし、ありがたいこと。

ただただ、感謝するしかないのだが、これに人間の手が加えられることで、今のような世界になってしまっている訳です。

主に、金儲けと支配権の確立のために、資源は乱開発され、技術は選別され、独占され、あるいは秘匿されてきた。

自然、経済の面でも、なかなか、安心しきった生活は送れない。

どうしても、何かしらの不安と背中合わせ。

たとえ、勝ち組と呼ばれる立場にあったとしても、精神面、健康面、その他もろもろ、すべてにわたって満たされるとは限らないし、明日のことは(原則として)誰にもわからない。

こうした社会のあり方を背景に、紆余曲折は経ても、より良い落ち着いた平和な世界の実現を、たとえ漫画のような仮想世界だけでも実現してもらって、安心感を追体験というか疑似体験したくなるのではないか、と考えられるんですよ。

せめて、漫画の世界だけでもいいから、平和な世界を実現してもらうことで。

現実の世界が、とてもというか、あまりにも厳しいから。

その紆余曲折を経て、波乱万丈のハラハラ、ドキドキさせる過程が、作者の腕次第というか、さじ加減で違ってくるだけで。

だから、話がこじれはじめたら、そう簡単に終わらせることはしない。

少なくとも、何の起伏もない、お花畑の、楽しく明るいお話を淡々と連ねることなどは、絶対にない。

美談だけの美談というものはないのか。

話を際立たせて脚色するためには、何らかの苦労話や暗黒話がどうしても必要になるのか。

物語の進行のために、あくまでも架空の話とはいえ、一体、何人の登場人物が葬られてきたことか(中には死んだ登場人物を生き返らせる反則技ものもあるが)。

バトル系漫画では仕方がないのかもしれないが、話の流れに無残に埋没していった(作者達に消されていった)モブキャラ(名前はあっても大した意味付けを与えられない登場人物もしくは名前さえ与えられない登場人物)に、私は哀悼の意を表したい。

輪廻転生ならともかく、現世のそのままの生き返りは、現段階ではどうしても無理な感じがしてしまうからです。

生き返ったキャラは存在感が薄まらざるを得ず、消されたキャラはなおのこと。

だから、消されたキャラには、いかにあとに理由付けをしても、不憫を感じるのです。

・・・。

まあ、漫画だけに限ったことではないのかもしれませんが、小説などをはじめとしたすべての物語には、一般的にこうした傾向があるような気がします。

「雑魚&ダシ扱いキャラ?」の
「踏み潰し&忘却の彼方扱い」
のような存在が、あたかも仕掛品?(または作業屑?)よろしく、生産されるのが常である、と。

一つの勝手な仮説です。

失礼致しました。

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追記: 2024/04/07 12:38
〜訂正内容〜

本文を加筆・訂正しました。