おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

284_雑感11

以前に、vtuber (バーチャル youtuber。架空の個性を持つ人物などの存在を使ってYouTubeの配信を行っている人)のチャンネル hc(ハートカフェ) と pc (パウラちゃんねる)について、いくぶん否定的なことを書きました。

これらのチャンネルでは、現代の男女のあり方、特に昨今の婚活にかかわる女性のあり方などについて厳しく批判した類いの内容が出ていることが多いです。

ただ、これらのチャンネルの制作者の意図が、話題づくりをしてアクセスを稼ぎたいのか、それとも女性の改心を期待して(従って、結果としての彼女達の霊性の向上を期待して)のものなのか、それとも、これら双方なのか、はたまた、その他にあるのか、はわかりません。

ただ、ああした内容から、当然のことながら、コメントとして寄せられるものは、チャンネルの主張する内容と似通ったものになることが予想できます。

主に、チャンネルの主張に同意的で、件(くだん)の女性達に批判的な内容や悪口を主とするものになってしまうのです。

実際、ざっと見た限りでも、寄せられたコメントのほとんどがそうなっていました。

残念ながら、この世は、批判、否定(ディスり)、叩き(バッシング)がかなり流行っていますよね。

で、あれらのチャンネルでは、あからさまな批判、否定、叩きをせずに逆の形をとってはいても、かなりの皮肉を込めるような形で、実質はやはり・・・といった内容になっていました。

内実は変わっていませんでしたね。

これも、唯物論全盛と真善美に悖る業想念が満ち満ちている現代では、仕方のないことなんですかね。

で、批判のことなんですが。

仮に(あくまでも仮にです)、ああした女性達の改心だけを、チャンネルの主目的とした場合、あれでは、まったくといっていいほど、その効果はないとしか思えないんですよ。

批判や悪口は、言われた当事者の人々は行いを改めることは、まず、ありません。

ないんです。

そもそも、批判や悪口は、強制的な命令の効力や拘束力はありませんからね。

なので、あのような場合には、批判などをされた当事者の人達は、真摯に反省をするどころか、反発するだけで、不快感や怒りを買うのがせいぜいじゃないですか。

たとえ、指摘している内容が的を射ているものであったとしても、です。

そうでなければ、自分に都合の悪いことは、黙殺か無視されるのがオチでしょうね。

なので、当人達が身に染みて心から反省しない限り、行動が改まることは、まずないのですよ。

そもそも、ああしたことが彼女達の過去世の因縁のあらわれだとしたら、説教や批判や悪口などの唯物論で直すことはできないんです。

好ましくない因縁のあらわれや、これからのそのあらわれを直す可能性があるのは、ごくわずかです。

そもそもあれ自体が批判などをされて行いを改める、きわめてまれな因縁であるか、そうでない場合は、守護の神霊さん(守護霊さんと守護神さん)の裁量の範囲内での修正に頼るしかありません。

後者の場合には、さらに普段からの世界平和の祈りと守護の神霊さんへの感謝行が必須に近いものとなります。

なぜならば、普段から知らず知らずのうちに、たくさんのご加護を頂いていてさえも、あのような状況なんです(守護の神霊さんは、私達肉体人間が、その存在を知らずとも、それなりに守って下さっている存在だから)。

なので、祈りと感謝行がなければ、普段以上に悪い因縁のあらわれを修正して頂けることはほとんどないとしか考えられないんですよ。

従って、部外者の人間が、彼女達にして差し上げられることは、ただ一つ。

世界平和の祈りとともに、彼女達の天命がまっとうされるように祈り、彼女達の守護の神霊さんへ祈りの光が届くようにすることだけです。

あとは、彼女達の行く末がどうなるかは、すべて彼女達の守護の神霊さんのおはからい次第になると思います。

その結果がどうなるかは、わかりません。

ただ、外部から唯物論で、批判や悪口ばかりを言っているよりは、間違いなく彼女達のためになります。

だから、祈りと感謝行をして頂きたいのです。

この祈りと感謝行は、彼女達自身がしてくれれば、さらに好ましいことは言うまでもありません。

それと、これは別に気になったことなのですが。

やはり、現代の唯物論しか頭にない人々は、どんなにやり手でも、優秀でも、霊性がまったくダメだな、と言わざるを得ない人がいます。

以前、婚活スパルタ教師のような女性が、女性が 30才までに男を知らない(=処女であること)なんて気持ち悪いとした貞操観念を著しく軽視した発言を取り上げましたが、hc チャンネルのコメントを書いた男性にも、こんな霊性しかないのか、とガッカリしたものがありました。

その人の自己申告をそのままとすれば、年収800万以上の公務員、かなりのエリート男性です。

その人のコメントが、霊性の面からするとちょっとひどい。

40代後半の婚活女性が、産院で産める証明書を出せると書いていた事例について、嘲笑のような顔文字「(^-^;」を出し、「オエ」などときわめて無礼千万な表現を加えている。

私には、彼が当の婚活女性がどんな気持ちで検査を受けたか、どんな気持ちでいるかを微塵も考えていないとしか思えません。

私からすると、その婚活女性が、ただ額面通りに思い上がって、傲慢で楽観的な気持ちだけでいるとは到底思えないんですよ。

未だに結婚できないことへの焦り、これまでの生き方への後悔、信頼できる男性と出会えなかった嘆息などがないまぜになって、決して将来を楽観視している訳ではないと思いますよ(表立って言わないだけで)。

出産についての診断の結果が出るまでの間も、かなりの不安にさいなまれて、苦しい思いをしたのではないですかね。

だから、私には彼女を蔑(さげす)んだり、ましてや、嘲笑するような顔文字を使い、さらには、オエなどというとんでもない侮蔑表現をすることなど、絶対にできません。

絶対にできない。

彼は、かなりのエリートだから、勉学での苦労はしても、不可抗力による病気などの不幸は、あまり味わうことはなかったのでしょう。

だから、人様の立場に立ち、その気持ちを推し量ることができない(自らの立場をよくするために功利的に立ち回る忖度(そんたく)ではありません)。

人生の不可抗力による悲しみや苦しみを味わった人間なら、彼女に対してあんな表現をすることは、まず考えられないんですよ。

霊性のことを知らないということは、過去世の因縁のあらわれでない限り、現世(今回の人生)で行ってしまった、真善美に悖る想いと行為を、来世以降に必ず償わなければならないことも、当然、知らないでしょう。

ましてや、傲慢や侮蔑や嘲笑が、輪廻転生の上で、どれだけ甚大な意味を持つなど知るよしもないでしょう。

世間一般的にエリートとされる男性が、あの状態です。

私は、落胆するというよりも、悲しい。

彼のような人こそが、祈りと感謝行をして、高い霊性で生きてくれていたら、どれだけありがたいことか。

まわりの人々への波及効果も考えたら、本当に残念でなりません。

でも、彼も先の婚活スパルタ教師のような女性と同様、これが、このような人としてのあり方が、世間にまだまだ多い唯物論しか知らない人々のあり方なのかもしれませんね。

彼らが、私の文章を読むことはあり得ないでしょうが、万が一、目にされることがあったなら、たゆまない世界平和の祈りと守護霊さんと守護神さんへの感謝行をお願いしたいと切に望みますよ。

繰り返しますが、上記のように、hc や pc といったチャンネルの制作者さんの意図がどこにあるのかは、私にはわかりません(pc は相も変わらず、p という美少女キャラクターを使って、かの女性達を ハハッ なんてやってるから、あのチャンネルの製作者が、私の文章を読むことは、未来永劫(?)ないのでしょう)。

ただ、あのように指摘することによって、彼女達の行動が多少なりとも改まったと言えるのでしょうか?

そんなことが、少しでもあったのでしょうか?

ただひたすら、折り重なって、やいのやいの批判して、彼女達の行動が多少なりとも変わったのでしょうか?

やいのやいのと批判の渦ができるということは、真善美に悖る想いと行為の業想念が増えたことと同義です。

これは一体、何を意味するのでしょうか?

そして、こうした行為の集積は、結果として何をもたらすのでしょうか?

あとは、読まれた方がお考えになって頂ければ、どのようなことを意味するか、あとは何をなすべきか、はおわかりになると思います。

まあ、そもそものはじめから考えてみると・・・。

神様のご計画として、もし神様の世界をこの物質の地球世界に最終的にあらわす、完成させることがあるとすれば・・・。

自然や動物や人類をあらわし、それぞれ、最終的には調和がとれたものに仕上げられることが到達点だと考えられます。

中でも、人類を男性と女性にわけている、ということは、肉体人間として世代を引き継がせる生殖も含めて(単体で生殖を自己完結する生物もいますからね)それぞれに役割を持たせている、となりますね。

ということは・・・。

男性と女性が互いを尊重して協力し合っていくのが、当然の帰結として考えられます。

従って、男性が、女性はただ黙って俺に従えばいいんだ、という有無を言わせぬ封建的なやり方や、女性がお姫様気取りで、高みにとまって男性を選り好みするなどは、もっての他ということにはなりはしませんか?

まあ、人類の進化の過程としては、このような段階を経る歴史を刻むこともあるのかもしれませんが、それは本当の姿とは言えない、となりますね。

男女ともに、互いに手を取り合って、相手に尽くし合い、神様の世界をつくっていく。

これが私達の使命であるならば、男女がお互いを尊重し合わなければならない、となりますからね。

まあ、それからすると、hc や pc で槍玉に上がっているような女性達は、確かに外れてはいますね。

少なくとも表面上は、外れまくっている。

でも、こうも思うんですよ。

批判や悪口は、うさをはらしたい、アクセスを稼ぎたい、商売をしたい、だけではなくて、あのような女性達に、本当はこうあってほしい、という理想像があって、それからあまりにも彼女達がかけ離れてしまっている現実への深い哀(かな)しみが内に秘められているのかな、とも思うんですよね。

こうした女性達から厚遇を得られなかったという恨み辛み(うらみつらみ)(?)だけからではなくて、そうした彼女達によくあってほしいと陰ながら願う執念(?)がなければ、批判や悪口が続かない、続ける原動力そのものがいずれなくなるのではないのかな、とも思うんですよ。

あそこのコメントに書かれているような、ただ表面的な、自業自得だろ、ざまあ・・・だけではなくて、その底には、あなた方(彼女達のこと)は、なんでそんな生き方をしてきた(いる)んだ、哀しいじゃないか(本当は俺達と手を取り合って、神様の世界をつくりあげていくための、かけがえのない伴侶となるはずの人達であったのに)、という同世代の男性達の悲痛な心の叫びも含まれているのかもしれない、と。

裏読みをすれば、ですけどね。

hc や pc にコメントを寄せた人達も含めて。

心理学的に言えば、いわゆる、反動形成ってやつなのかもしれません。

もしも、そうであるならば、いや、そうであると気づいたならば、いや、気づかなくても、これからは彼女達を蔑む言葉を絶対に使ってはなりません。

読むに耐えないほどの彼女達を蔑む言葉は、真善美に悖る言葉に他ならず、過去世の因縁によるものでない限り、輪廻転生を通してすべてご自分に返ってきますよ。

すべて、です。

なぜ、このような仕組みになっているのか、どのような形で返ってくるのかは、ご自分で輪廻転生を研究して、お考えになって下さい。

批判などが的を射ているものであったとしても、なぜしてはならない行為に当たるのかを始めとして、ご自分でよくお調べになって下さい。

とにかく。

唯物論や因縁にしばられ、迷っている彼女達を少しでもよくする、因縁因果を改善させる方法は、祈りと感謝行しかありません。

だから、哀しみは、祈りと感謝行に託すんです。

昇華させるんです。

それしかないんですよ。

いつまでも三界(この世=現界と幽界と霊界の下層)の因縁因果巡りをしていても、キリがありませんから。

で。

hc や pc へのコメントのいくつかから感じましたが、どうせあいつら(女性達のこと)あんなだから、もう俺は独身でもいいや、というのがありましたね。

こうした男性でも、自分を一人の男性として大事にしてくれる、尊重してくれる、愛してくれる女性があらわれれば、話は違ってくるでしょう。

この人(女性)を大事にしたい、苦楽をともに人生を歩んでいきたいと思うようになるはずですよ。

ただ、私達は、この世に肉体人間として修行に出されているだけに、家庭内不和や離婚などなど、様々な因縁を果たさなければならない可能性があります。

この人生だけで、この一生だけで、何もかもすべてうまくやりたいと思っても、そうはいかない場合が大半だと思うんですよね。

だから、今回の人生を含めて、長い長い輪廻転生を見通せる守護の神霊さんに、お任せした方が、よりよい生き方に導いて頂けるように思うんですよ。

なので、祈りと感謝行をおすすめしているんです。

繰り返しますが、批判や悪口では、あのような女性達が変わる可能性は、ほとんどない。

絶対に近いかな。

この意味でも、祈りと感謝行を心にとどめおいて頂きたいんですよね。

唯物論ではどうしようもない、と思いいたったときに。

世界人類が平和でありますように
(せかいじんるいがへいわでありますように)

日本が平和でありますように。
(にっぽんがへいわでありますように)

私達の天命が完うされますように。
(わたくしたちのてんめいがまっとうされますように)

守護霊様ありがとうございます。
(しゅごれいさまありがとうございます)

守護神様ありがとうございます。
(しゅごじんさまありがとうございます)

~~~~~

(追伸)

郷愁かな。

アラサフ(アラサーとアラフォーを勝手に略しました)の件(くだん)の彼女達が、同世代の男性達を敬意を持ってそれなりに尊重して、大切にしていたら、このような状況にはならなかったのかもしれない。

まあ、こうした最近に限らず、女性は元々計算高いから、学生時代やごく若い頃にはイケメンや女性の扱いに長(た)けた男性と付き合っても、家庭を築くとなれば、頭を素早く切り替えて堅実な男性と結婚した事例もそれなりにあったのだろうし。

いや、多分、たくさんあっただろう。

ただ、残念なことに、恋愛は弱肉強食なんですよ、おそらく。

さらに、政策により、かなりの人の所得が大幅に削られたのも追い討ちの大打撃となっただろうし。

しかも、女性は基本的に受け身でありながら、かなりわがままであるという、非常に厄介な特徴を備えている。

だから、心根の優しい男性や、心穏やかな男性は、我が強い男性、目的のためには手段を選ばない男性、強引な男性に先を越されてしまったことがほとんどじゃないのかな。

しかも、こうして残された女性には、いわば、遊び尽くして来た(尽くされたと被害者の形にはしません。あくまでも最終的には個人の判断による選択だと思うので)ような人がいる可能性が出てきます(もちろん、例外も多々あります)。

昔(といっても、ちょっと前かな)俺の誠意(純情かな)にちっとも報いもしなかったくせに、今さら何が恋愛だ、婚活だ、と悔しさと哀しさがない交(ま)ぜになっている人も、もしかしたらいるかもしれません。

でも、本当に彼女達を忌(い)み嫌うのであれば、その存在自体を完全に無視するのが、理に適(かな)った行き方ではありませんか。

彼女達については・・・。

彼女達の行いがどのようなものであろうとも・・・。

もう、悪口も言わない。

批判もしない。

気にもとめない。

行く末なんかもどうでもいい。

どうなろうと知ったこっちゃない。

考えもしない。

余計な労力・気力を割(さ)かない(批判や悪口には、かなりのエネルギーが要りますからね)。

ある程度のキリをつけたら、原則として金輪際、彼女達の存在を極力無視。

とにかく、一切、かかわらない。

これが、嫌い果てて(?)、見切りをつけ果てた(?)人達への、由緒正しき(?)対応ではないのかな、と私は思うんですよね。

にもかかわらず・・・。

と感じたので、上記のような内容を思いつきました。

こんなこと書いたけど、性格が悪い女性には、本当にたまらない、嫌悪感がわいたことがあります。

たとえ、無人島でこの女性と二人きりになっても絶対に親しくしたくない、という女性を近くで見たことが。

癇(かん)が強く、キツい性格で、わがままで、それが言動にはっきりと出ている。

いくら、若くても、外見が普通でも、この女性とは、金輪際、かかわりたくないと思ったことがあります。

こんなんじゃ、まだまだ、祈りが足りないし、霊性が低くてダメなんですけどね。

ただ、最近は以前からの疑問がありまして、みんな本当はわかっているんじゃないか、おかしな言動も行動も、本当は自分ですべてわかっているのではないか、とふと思うことがあります。

だれにでもある奥底の神性意識は、あますところなくすべてがわかっている。

それでも、ことがすすんでいくだけではないのかな、と。

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追記: 2021/03/04 11:30 〜訂正内容〜

本文を加筆・訂正しました。