おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

332_法話50-21

21 他人の過失を見ずに自分を観る

他人の過ちや、したこと、
しなかったことなど、
見る必要はない。
自分を観るべきだ。
何をしているか、
何をしていないのか、と。

(五〇) (第4章 花にちなんで より)

S さんは、以下のような、もう一つ似たような経文を引いています。

他人の過失は見やすいけれども、自分の過失は観え難い。
人は他人の過失を籾殻(もみがら)のように吹き散らす。
しかし自分の過失は、悪賢いばくち打ちが不利なサイコロをごまかすように隠してしまう。

(二五二) (第18章 汚れ より)

前に、五井先生の本の空即是色に出ていた業のくらべっこをしても仕方がないという話です。

過去の 289_空即是色_その2 の後半の 業のくらべっこ の項に書いてある通りです。

ものすごく乱暴に言うと、どうせ悟れていないんだから、人様と比較したり、裁くことはおやめなさい、ただ、自分たけが精進していけばいいんだよ、もちろん、人様を感化する、引いては教化するのも、これしかないんだから、と暗にほのめかしているような話のように思います。

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・籾殻~米を包んでいる外皮。もみぬか。もみ。

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①追記: 2021/04/29 00:40
②追記: 2021/07/11 18:05
〜訂正内容〜

上記複数回にわたり、本文を加筆・訂正しました。