おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

726_ひしみー147

10 初めて法輪を転ず

・この世に阿羅漢が六人となった

前回 ( 725_ひしみー146 ) の続きです。

ひろさんによると、お釈迦さんの教導によって、5 人の比丘のうち、カウンディニヤが悟り境地に到達できたこと、そして、残りの 4 人の比丘も次々と悟りの境地に到達できたことが、お釈迦さんの方法の普遍妥当性が立証された、とのこと。

それが、律蔵のマハーヴァッガに「かくてこの世に六人の阿羅漢あり」と書かれているそうだ。

意外に思われる方がいるかもしれないが、実は、お釈迦さんが悟りを開き、こうした修行仲間を次々に導いた初期の段階では、お釈迦さんの呼称は「阿羅漢」となっていた(律蔵)。

後に、お釈迦さんが、「仏」や「如来」という尊称が使われて区別されるようになり、「阿羅漢」という呼称はもっぱらお釈迦さんのお弟子さんで、悟りを開いた者だけの呼称に変わった。

ひろさんは、これはお釈迦様さんの権威づけが進行した結果だとしている。

「仏」はサンスクリット語の「ブッダ」の音訳語で、真理に目覚めた者の意で、お釈迦さんの呼称に使われていたが、当初は同じく「ジナ」という、サンスクリット語で、煩悩に打ち勝った者を呼ぶ呼称も使われていたとのこと。

つまり、初期の頃のお釈迦さんは、「ブッダ」と呼ばれると同時に「ジナ」とも呼ばれていた。

以前書いたように、仏教と同時期発祥のジャイナ教の開祖マハーヴィーラも、「ジナ」とも「ブッダ」とも呼ばれていた。

このように、仏教でも、ジャイナ教でも、最初期の段階では、共にその開祖のことを、「ブッダ」あるいは「ジナ」と呼んでいた。

ひろさんによると、そのうちに、この 2 つの宗教は互いを意識して、仏教は「ブッダ」、ジャイナ教は「ジナ」を好んで使うようになり、結果としてそれがそれぞれの宗教の専売特許となったとのこと。

「ジナ」は「ジャイナ」と同じであり、サンスクリット語の「バウッダ」は「ブッダ」と同じなので、開祖の呼称に「ジナ」を採用した教えが「ジャイナ教」、「ブッダ」を採用した教えが「バウッダ教」=「仏教」になったということらしい。

なので、開祖の呼称のつけ方次第では、「仏教」が「ジャイナ教」に、「ジャイナ教」が「仏教」になっていた可能性があったかもしれない、とのこと。

ちなみに。

ジャイナ教の文献によると、お釈迦さんのお弟子さんになったシャーリプトラ(舎利弗。しゃりほつ)も「ブッダ」と呼ばれているとのこと。

ひろさんは、これをもって、最初期の仏教教団では、お釈迦さんは、お弟子さん達と同次元の存在で特別扱いはされていないので、「律蔵」で、お釈迦さんと 5 人の比丘を合わせて「六人の阿羅漢」と呼んでいたのも当然だとしている。

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追記: 2023/11/03 00:23
〜訂正内容〜

本文を訂正しました。