おぶなより

世界平和の祈りに寄せて

173_原仏10ー4

パータリプトラですが、中村さんの推定によると、以下のようになっています。

マガダ王朝が、いまだインド全体を支配しないうちは、山脈に囲まれた火山跡のような難攻不落な城塞であった王舎城のような場所はそれなりに適していた。

が、マガダ王朝の支配がインド全体に及ぶようになれば、もう要塞にこもる必要はなくなるので、水陸ともに交通の便利な場所に移った方が都合が良い。

そこで、パータリプトラに都を移した、と分析されています。

ところで、中村さんは、このパータリプトラに関して、インドの歴史の残し方について経典を絡めて触れていますが、私見ですが、ちょっとゴタゴタとした問題を含むと思うので、ここでは深入りしません。すみませんが、ご了承願います。

そして、ここから渡し場をどこからか、修行者としてガンジス河を渡り、途中いくつかの村を経て、商業都市ヴェーサーリーに逗留しました。(注1)

ヴェーサーリーは、かつて釈迦が何度も訪れ、逗留したこともある土地とのことです。

ここは、バラモン教ヒンドゥー教の典籍には、ほとんど出てこないことから、カースト制度はなかったであろう、とされています。(注2)

また、ここは、仏教が興って広がるためには特別な意味があった大都会だと中村さんは述べられています。(注3)

共和制が敷かれ、人種も色の青い人(色の黒い人のこと)、色の白い人、色の黄色い人、色の赤い人(赤は日に焼けたという意味)といった人々がいて、皆それに応じた家に住み、それぞれに立てている旗も四つの色で分かれていたそうです。

商業が栄えるためには、等価交換ができず、物流がせき止められてしまうようなカースト制度はよくないので、共和制が敷かれていたのは好都合でもあったようです。

人々は平等であることが、商業を栄えさせる。その点、商業には民主化を促す側面があるとされています。

従って、(平等主義で民主的な)仏教が歓迎されたとされます。

ここで、釈迦と弟子は、かねてから帰依していた遊女アンバパーリーに歓待されました。食事に招待されたようです。(注4)

彼女の林で過ごし、訪ねてきた彼女を法話を持って教え諭して、励まし喜ばせたそうです。

中村さんは、ここで遊女が登場することが重要だとしています。

教えを聞きたい人には、皆受け入れて教えを説くという釈迦の姿勢がはっきり出ているとしています。

中村さんは、これはバラモン教では許されないので、仏教の大事な特徴点であるとしています。

これは、あれですね。

肉体人間は、神様の分霊を本体とする神の子である、と同じ考え方だと捉えることができますね。

この世で、過去世からの、いかなる因縁により、身分や性別や外見や性質などが異なろうとも、本質が神の子なのである。

従って、その点においては皆平等であり、その本体が神様の光の分かれ分かれの、兄弟姉妹なのであるから、教え、ましてや神様に通じる教えを乞いに来たら、絶対に差別はしない、ということですね。

これと同義ですね。

なお、遊女アンバパーリーが、林を所有していたこと、釈迦と弟子を歓待する、すなわち、お坊さんをもてなすことができたことから、当時は貨幣経済も発達して、彼女の社会的地位も高かったであろう、と推察されています。

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(注1)逗留~とうりゅう~旅先などでしばらくとどまること。滞在。
(用例)逗留先。長逗留(ながとうりゅう)。

(注2)典籍~てんせき~書籍。書物。本。

(注3)興る~おこる~①弱い力で進んでいたことが力を得て目立つようになる。盛んになる。奮い立つ。
②新しく生じる。新たに始まる。
ここでは、②の意。

(注4)帰依~きえ~神仏を信じてその教えに従うこと。
(用例)仏道に帰依する。

(追記)遊女については、168_原仏9ー8 の(注1)で触れましたが、念のために引用します。

見て頂く手間を省くために再度載せます。

遊女~ゆうじょ~①中世、宴席で歌舞・音楽を演じたり、身を売ったりした女。遊び女。
②江戸時代、遊郭で身を売っていた女。女郎。

なお、身を売るとは、自分を求めてくる相手の男性に、なにがしかの対価と引き換えに、セックスをさせる、セックスされることを許す、という意味です。

現代風に、はっきり言い切ると、こうなるはずです。

遊女は、中世や江戸時代はおろか、少なくとも、2500年以上前からいたということですね。

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追記: 2020/11/19 12:35 〜訂正内容〜注の番号1が抜けていたので、訂正しました。
最下部の(*)を(追記)と改めました。